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御神酒様のお部屋へ、ようこそ〜


おおらかな光 彩りを生む   おおらかな彩り 瞳に映える
おおらかな瞳 気持ちを伝え  おおらかな気持ち 歌を歌う
おおらかな歌 心を育て    おおらかな心 愛をつくる
おおらかな愛 平和をもたらし おおらかに平和 光かがやく
この部屋は、私、御神酒の好きな詩や自作の詩を載せてゆきたいです。
ゆくゆくは、見てくださった人からの意見や感想、それから自分の好き
な詩や返詩を送ってもらい、それを掲載してゆく、というような部屋に
したひです・・・。


★ 引っ越しました ★
新しい『御酒さんのお部屋』はコチラ >>http://blog.goo.ne.jp/udada-udada-udaudada/


「御神酒の詩日記」

12月20日'04
本日の一編

ジェリー・メイヤー&ジョン・P・ホームズ編
ディスカヴァー21『アインシュタイン150の言葉』より

93
人間にとって最も大切な努力は、自分の行動の中に道徳を追求することです。わたしたちの内面的なバランス、そして、存在そのものが、そのことにかかっています。行動に現れる道徳だけが、人生に美と品位をもたらします。

95
野望や、ただの義務感からは本当の価値のあるものは生まれません。それは、人や対象となる物への愛と献身から芽生えます。

小学校の時間割に「道徳のじかん」がありました。(今でもあるのかなぁ?)社会生活の秩序を守る為のノウハウを教えてもらった記憶があります。さて、大人になると、自分で道徳心を養わなくてはならなくなります。自分のとった行動は周囲の人との関わりの中で必ず評価されます。目に見えないその意味に自分で気づいていかなくてはならないんですよね。欲が強すぎたり、逆に無欲すぎても周囲からのサインを感じられなくなってしまいます。

大人になると行動範囲も広がるし、いつでもどこでも自我を押し通すわけにはいかないんですね。かといって、主張が無くなってはいけない。来年は、そのあたりのバランスを常に頭の中で整理しながら、人を活かし、自分を活かせる一年にしていきたいと思ってます。


12月07日'04
本日の一編

カレル・チャペック著
『カレル・チャペックのごあいさつ』より
〜お母さんの新人たち〜

平和な時代にむける私たちの目が変わったのか、それとも、ほんとに本当なのか、私にもわかりません。それにしても、今みたいに、こんなに間もなくお母さんになる女性たちが目についたときは、かつてなかったのではないでしょうか。百歩あるくうちに一人の割合で出会います。威厳をもって、少し腰のあたりを振りながら、荷をいっぱい積んだ船のように揺れながらゆっくりと歩いています。若くて美しい、期待と誇りと。たぶん初めての母性に目覚めて二重に美しい。

ああ、神様。なるほど戦争中は結婚できなかったんだ!やがて、生存のための職さがし、物価の高騰、住宅の不足、その他いろんなことが起こってきた。六年の間、女性たちはほとんど待つだけだったようだ。そして、今、失われた時を取り戻そうとしている。

これで、あなた方もその数の多さと、ちょっと頬を紅いろに染めた新しい母親たちの喜びに納得がいったでしょう。彼女たちはこんなに長い間待っていたのです。でも、このなかにも深い意味が、人間性の声があるのでしょうね。

ふたたび、決定的に!生命への信頼が回復してきたのです。そして、ふたたび新しい、こわれやすい、無抵抗の生命を勇敢にもこの世に送り出そうとしているのです。

こいつは素晴らしい。それはまるで花咲く樹木のように、またすべての熱く生命の息吹く春のように美しく、私たちを埋めつくすのです。私はもう家のなかで書くのは止めよう。街に出て、幸せな母親が並木のように立ちならぶなかを、果樹園のなかを散策するみたいに歩いてみよう。

(1921.5.24 民衆新聞)

ほんの2〜3日前、12月だというのに春のような風吹き、夏のような入道雲を見ました。その現実が本当に怖くて怖くて、祈るように「寒くなってくれ〜」っと心の中で叫んでいました。いつの頃からか、私は未来にどこか不安を抱きながら生活しているような気がします。これは私だけの感覚でしょうか…。「生命への信頼」が揺らぎ始めているのではないか。カレル・チャペックのエッセイを読んでいて、切実に感じる自分に気がつきました。

「新しい、こわれやすい、無抵抗の生命を勇敢にもこの世に送り出そうと」出来る安心した未来を、「ふたたび、決定的に!生命への信頼の回復を」私たち一人一人の手で築いていかなくては!

まずは一日一省エネを心がけよう。使い捨てはやめて、長く使えるものを買おう。クリスマスのイルミネーションは綺麗だけど、、、どうなのかな?


数カ月前、週一で通っている仕事場の駅のホームで、茅ヶ崎行きの未使用の回数券を拾いました。フフフッ、、、その券は懐に仕舞っておくことにしました。その後、すっかり忘れていたのですが、先日お財布の中に仕舞い込んだ券を見かけましたら、むしょうに海が見たくなってしまったので、フラっと仕事帰りに寄ってみることにしました。

知らない町を歩くのはすごく楽しいものですねー。さすが茅ヶ崎。サーフショップが軒を並べていたり、サーフボードを自転車に取り付けて(そういう金具があるんです!)ウエットスーツに身をつつんだサーファーが海を目指している姿を見かけたり。。。ふつーうの家からボサノバの生演奏が聞こえてきたり・・・。かれこれ7〜8年、ほど近くまで通っていたのに、こんな世界があるなんて!気が付きませんでした。しかも、海がこんなに近くにあったなんて〜。

回数券、どなたが落としたのか知りませんが、楽しいひとときをありがとう。感謝。そうそう、茅ヶ崎から鵠沼海岸まで、海岸線歩いて6キロですって!夏の賑わいが過ぎた頃、ふらりっと歩いてみたいな。

この日は風の強い日で、大波が寄せていました。サーファーにとっては絶好の波だったのかな。たくさんのサーファーが挑んでいました。

5月17日'04
本日の一編
金子みすず著
『学校へゆく道』より


学校へゆくみち、ながいから、
いつもお話、かんがえる。

みちでだれかにあわなけりゃ、
学校へつくまでかんがえる。

だけどだれかと出あったら、
朝のあいさつせにゃならぬ。

するとわたしはおもい出す、
お天気のこと、しものこと、
田んぼがさびしくなったこと。

だから、わたしはゆくみちで、
ほかのだれにもあわないで、
そのおはなしのすまぬうち、
ご門をくぐる方がいい。

4月10日'04
本日の一編

『やつらの足音のバラード』
作詞・ 園山俊二
作曲・かまやつひろし

なんにもない なんにもない
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に生まれた
星には夜があり
そして朝が訪れた
なんにもない大地に
ただ風が吹いてた

やがて大地に草が生え 樹が生え
海には アンモナイトが生まれた
雲が流れ 時が流れた 流れた
ブロントザウルスが滅び
イグアナドンが栄えた
なんにもない大地に
ただ雲が流れた

山が火を噴き 大地を氷河が覆った
マンモスの体を 長い毛が覆った
なんにもない草原に かすかに
やつらの足音が聞こえた
地平線の彼方より
マンモスの匂いと共に
やつらがやって来た やって来た

/「はじめ人間ギャートルズ」より

みなさんが子どもだったころ、 ムショ〜に好きな音ってありませんでしたか?私は自転車のチェーンが回る音と車輪が砂地の上を通る時の音が大好きでした。なので、母親の自転車の後ろに乗って幼稚園に行くのが楽しみだったんですよー。あと足音も好きです。嫌いな足音もありますけどね、、、。足音を聴くとその人の生き様がわかる!これ本当です。それから、犬や猫が硬い餌を食べる時の音と、水を飲む時の音が好きで、よくお皿に水を張って真似して飲んで怒られました。怒られたといえば、ジュースを飲む時ストローでブクブクやって楽しみましたよねー。

子供心の琴線に触れた音、これって何なのでしょうかねー。理由がわからない所がおもしろかったりします。理由のない“好き”これは嘘偽りの無い本物なのかも。大人になると理由が無いと許されなかったりしますけど、タマに理由の無い”好き”を楽しむ時間を持ちたいですね。


11月2日'03
本日の一編


「素直」
Miki Koda

地平から登る太陽のように
満ち欠けを繰り返す月のように
明確に生きるのは難しい

澄んだ水のように
変化する雲のように
明快に生きるのは難しい

舞う鳥のように
走る犬のように
単純に生きるのは難しい

太陽や月のように
水や雲のように
鳥や犬のように
そして 
心から歌う人たちのように
生きればいい

難しくしているのは
私自身なのだから


詩日記を始めてから1年が過ぎました。こうして振り返ってみると、1年ってアッという間のようでも、結構ちゃんと時を重ねているんだなぁ。って思いますね。

「時が経つのは速い!速い!」っと口癖のようになっているこの頃を反省して、もう少しじっくりと時間を過ごしていけるように心がけたいと思ってます。願わくば、欲張らずに心おもむくままに。

8月26日'03
本日の一編


日比野克彦著
『100の指令』より

木にとまっている鳥を
自分と目が合うように
心で呼んでみよう。

帽子の中に
秘密の言葉を書いた紙を入れて
街を歩いてみよう。

ご飯のお米は「種」なんだと
思いながら食べてみよう。

鉄棒を毛糸でまいて、
暖かい鉄棒にしよう。


ここのところ、脳みそが固くなってきてしまって困っている。こういう時は、すごくイキイキとした柔軟な脳みそでクリエイティブに活動している方々の絵や本を見たり、音楽を聴いたりしてエネルギーをいただくことにしている。

今回の脳みその復旧アイテムは、日比野克彦さんの『100の指令』。はやくもじわじわと来ているぞ!!私の頭が一番活発に動く秋に向かって→→→YES!!ROCK!!

5月5日'03
本日の一編


「浜千鳥」
鹿島鳴秋作詩

青い月夜の 浜辺には
親を探して 鳴く鳥が
波の国から 生まれでる
濡れたつばさの 銀の色

夜鳴く鳥の 悲しさは
親を尋ねて 海こえて
月夜の国へ 消えてゆく
銀のつばさの 浜千鳥


この詩は、とても有名な歌『浜千鳥』の歌詞です。ゴールデンウィークに、この歌の発祥の地と言われている和田浦に行ってきました。(笑門日記参照)私は大正9年に作曲されたこの歌が大好きなんです。メロディーは心の深いところに響き、歌詩は幻想的な世界を美しく表現しています。時代が経ても色あせない輝きを持っていますよねー。でも、この詩にはとても悲しいエピソードがあるのです。

どことなく悲しさが漂うこの詩には、実は娘に先立たれた鳴秋自信の親心が盛り込まれた作品と言われてます。鳴秋が家族と共に和田浦に移り住んでいた頃、療養中の愛娘を亡くしてしまったそうなのです。

きっと、娘が一人で寂しがっていないだろうかと心配でならなかったのでしょう。そして、浜辺を歩きながら、娘が月夜の国へ無事にたどり着けるように見守っていたのではないでしょうか・・・。

親の愛は切ないほどに深いものなのですね。私も、父が亡くなる間際に、その切ないほどの愛を感じたことを思い出します。

4月2日'03
本日の一編


「祈り」
谷川俊太郎著
『二十億光年の孤独』より

一つの大きな主張が
無限の時の突端に始まり
今もそれが続いているのに
僕等は無数の提案をもって
その主張にむかおうとする
(ああ 倣慢すぎる ホモ・サピエンス 倣慢すぎる)

主張の解明のためにこそ
僕等は学んできたのではなかったのか
主張の歓喜の為にこそ
僕等は営んできたのではなかったのか

稚い僕の心に
(こわれかけた複雑な機械の鋲の一つ)
今は祈りのみが信じられる
(宇宙の中の無限小から
宇宙の中の無限大への)

人々の祈りの部分がもっとつよくあるように
人々が地球のさびしさをもっとひしひし感じるように
ねむりのまえに僕は祈ろう

(ところはすべて地球上の一点だし
みんなはすべて人間のひとり)
さびしさをたえて僕は祈ろう

一つの大きな主張が
無限の時の突端に始まり
今もなお続いている
そして
一つの小さな祈りは
暗くて巨きな時の中に
かすかながらもしっかり燃え続けようと
今 炎をあげる


戦争反対。

3月25日'03
本日の一編


「平和にくらしている子どもたちに伝えたいんだ。目の前で人が殺されている戦争の中に生きることがどういうことなのか、を。人が痛めつけられたり、撃たれたり、傷つけられたりする戦争を生きざるを得ないということがどういうことなのか、を。ぼくと同じ気持ちを味わってほしい。そして、ほかの子どもと一緒に戦争を止めるために闘うべきだということをわかってほしいんだ。」

『子どもたちの戦争』/マイア・オーセイミ著
本文中の一文

これは、『子どもたちの戦争』マイア・オーセイミ著の本文中のホセ君のメッセージ。ホセ君は自分たちの悲劇的な経験をほかの人に役立ててほしいとねがっています。そして世界の子どもたちにメッセージを送りたいといっています。

十数年前の湾岸戦争時に比べて、世界中でそして日本中で反戦運動が盛んに繰り広げられています。それは、ホセ君たちのメッセージが世界中に着実に伝わっている証拠なのではないでしょうか。そんな彼等の身を挺した地道なメッセージ運動のたまものである平和を、利益やエゴによって一部の人間たちがぶち壊してしまう。たった一部の人間たちのやりとりが平和を願う多くの人間の心に雨を降らす。

戦争は他人ごとではない。私たちの日常にだって、人が痛めつけられたり、傷つけれたり、そして自ら自分を消してしまうような悲しい出来事がたくさんあります。もう一つの戦争が平和を願う多くの人間の心に雨を降らす。

身近にいる人々の心が暖かくおおらかにいられるように願い働くこと。私はこの第一歩を毎日一歩ずつ始めたい。自分の人生四苦八苦生きながらも一歩ずつ始めたい。出来ることから一歩ずつ。

2月4日'03
本日の一編
「ときおり」
ヘルマンヘッセ著


鳥がさえずるか、
また枝のなかを風が吹き抜けるか、
あるいはまた犬がはるか彼方の農家で吠えるかすると、
するとときおり 私は長い間、
聞き耳を立て沈黙せざるをえなくなる。

私の魂は、
忘れ去られた幾千年もの昔に、
鳥と吹く風が 私に似て、
そして私の兄弟たちであったところにまで、飛び戻る。

私の魂は、木となり、
そして動物となり、流れ行く雲となる。
魂は、変わりはててよそよそしく戻ってきては、
私に尋ねる。私は何と答えるべきか?

〜1904年11月執筆『詩集』(1977)所収〜

最近、何だか元気が出ない。一応元気なんだけど、わくわくしたりドキドキしたりする元気が出ない。だから、アイデアも浮かんでこない。街かどでおもしろいものに出会って「わぁ!」って思ったり、「こりゃ〜楽しい!」って思う体験をしても、その体験を咀嚼して次に繋げたりするパワーが湧いてこない。アイデアが浮かんでも気持ちが重い。つまらない。

こうゆう風な状態になると、自分の中で自分と自分が分裂しているということがよくわかる。自分と自分=頭と魂、というところだろうか。自分(頭)から自分(魂)を見たり、自分(魂)から自分(頭)を見たりしているわけですよ。調子の良い時や悩みがなくノッている時は、頭と魂が一つになってるんだろうなぁ。

しかし、こんなアンバランスな時こそ、自分のことをじっくりと見ることが出来るのであるよ。そして、頭と魂両者がお互いを見て、注意しあったり元気づけしあったりしてね。

だんだんおかしな?!話しになってきてしまったが、私は元気ですえ。毎日何不自由なく、幸せに暮らしております。ただ、一週間前に引いたインフルエンザで心身のバランスが崩れたようだ。早く春よ〜こい!

1月1日'03
本日の一編
星野道夫著
『森に還る日』より抜粋


植物たちの声、森の声を
私たちは聞くことができるだろうか。
あらゆる自然にたましいを吹き込み、
もう一度私たちの物語を取り戻すことはできるだろうか。
ぼくを見つめているこのハトウワシは、
過去にも未来にも生きてはいない。
そんな時間などは存在しない。
まさにこの一瞬、一瞬を生きているのだ。
そしてぼくもまた、遠い昔の子どもの日々のように、
今この瞬間だけ見つめている。

あけましておめでとうございます。時が流れるのはとても早く、日常の生活に追われているうちに1年が過ぎ、新しい年を迎えました。今年の私の抱負は「心身美」を心がけること。身も心も気持ちの良い状態で生活出来るようにしていこう!なのです。そして、好奇心を持って毎日を過ごしていきたいと思ってます。埃をかぶってしまったコトやモノをリニューアルして新鮮な空気を吸わせてあげられるようにすれば、心身が気持ちの良い状態になるのではないかと思っているわけです。そして、そんな気持ちよさを、詩や音楽を通して皆さんにお伝え出来たらよいなぁと思っております。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今日は、最近のマイブームであります“荒井良二”さんの企画展に行って来ました。天候は寒〜い雨だったのですけど、とてもあったかな気持ちになって帰ってきましたよ。ギャラリーをまるごと絵本にしたり、巨大絵本にライブペインティングされていたり、遊び心いっぱいの企画展でした。

そして、またもや嬉しい偶然的必然に出会いました。それは、以前から見たくて仕方がなかった映画の上映パンフが、そのギャラリーに置いてあったのであります!!!写真家本橋成一が監督した『アレクセイと泉』という映画で、百年の時を経て湧き出る水の物語なんですけど、その水は、チェルノブイリ原発事故で汚染された村にわき出しているのです。ですけど、村人たちは大地に根をはって力強く生きている。そんな姿をドキュメントした映画なのです。冬休みアンコール・モーニングショーだそうで、ずっと見たかった映画だったので、今日はモーレツ寒い中、頑張って行って良かったな〜っと思ったのであります。ちなみに、12月21日〜1月17日まで、BOX東中野にて、朝11時から一回上映されております。ご興味のある方はどうぞ!

12月21日'02
本日の一編
荒井良二
『ぼくがつ ぼくにち ぼくようび』より


いいお天気なので窓辺で本を読んでたら
ついウトウトウト・・・・・。
ぼくは午後の海をゆっくりと走る小舟になって
いたのでしたウトウト・・・・。
すると、コツコツとたたく音がしたので
ぼくは目をあけてみたら、
スズメが窓ガラスをつっついていたのでした。
?と思っていると大粒の雨がポツン、ポツン。
急いで洗いたてのズック靴をとりこんだのでした。
ありがとう、スズメちゃん。
あっカミナリ。

11月25日'02
本日の一編
「星とたんぽぽ」金子みすず著


青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

ちってすがれたたんぽぽの
かわらのすきに、だァまって、
春がくるまでかくれてる。
つよいその根はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

この詩を読んで、“人間の美しい生き方”を優しく穏やかに伝えられたような気がしました。目先のコトばかりに囚われず、物事の奥底にある存在や真実をちゃんと見て生きたいと思うのです。そして、目立たないけれどもしっかりと、心の奥底に、昼の星のような輝く夢を持って、そして、冬のタンポポのように焦らず、気負わず、じっくりと、エネルギーを蓄えながら、時が来るまで待てる強さを持って生きたいと思うのです。そして、今、こうして自分が生きていることのありがたさと、周囲の人々の力をいただいて生きているのだということを実感して生きたいのです。そしてまた、私も人の力になれるように生きたいと思うのです。

11月17日'02
本日の一編
『ル・コルビュジエ全作品集 8巻』より


私は77歳だ。そして私の気持ちはこうだと言える。
人生では何かをすることだ。
いいかえれば、謙虚に、几帳面に、闡明に行為することだ。
芸術的創作のためのあり方は規則正しく繰り返すこと、
謙遜、持続性、辛抱強いことだ。
私は既にどこかに書いたと思うが、
人生の定義は心変わりしないことにある。
心変わりしないことは自然で実り多いからだ。
いつも同じであるためには謙虚でなければならず、
辛抱強くなければならない。
それは勇気、自制力のあることの証拠だし、
生存のあり方の呼称といえる。
人のこころほど伝えられないものはない。

(1970年 ル・コルビュジエの言葉)

参考文献
『ル・コルビュジエ −建築・家具・人間・旅の全記録』
出版:エクスナレッジムック

今日の“本日の一編”は詩ではありません。

20世紀最高の建築家といわれているル・コルビュジエが亡くなる一ヶ月前に書いた文章です。
巨匠の言葉は、時としてとても詩的に心に響くことがあります。そして、私達が何かに悩んだり迷ったりしたときに、考える力を与えてくれます。先人の力を感じることが出来た瞬間、人生の重みを感じると同時に、人生の未知なる可能性をも感じることが出来ます。そして、生きる力を得るのです。

今日は一日中調子が狂っちゃうような天気でしたね。

春のようななま暖かい空気、秋のような空、雷なんて鳴っちゃって夏のような雰囲気、いえいえ、やっぱり冬のような風が吹いたりして。

でも、空がピンク色に輝いて、とても綺麗な夕日が見られました。

一件落着。

11月12日'02
本日の一編
荒井良二
『ぼくがつ ぼくにち ぼくようび』より


ぼくが歩いていると
夕方いろしたピンクの雲に、
なにかいいことあったの?
と聞かれたのでぼくは、
いいえべつにありませんよと答えると、
なんだかうれしそうにしてるもの、
きっとなにかあるんでしょ?
というのでぼくは、
なにもありませんよ、
ただうれしいことを考えていただけですよ、
といったらピンクの雲は
ウフフと笑って向こうに行きました。

数日前、本棚の整理をしました。

すると、1996年発行の『季刊 気持ちのいい場所』の冊子が出てきました。INAXが発行しているニュースレターです。「懐かしいなや」っと再び目を通してみると、荒井良二さんのイラストとエッセイ、対談が載っていました。「おー、おもしろい人やなぁ、今度絵本探して読んでみよ!」6年前は、特に気に留まらなかったんですけどね。

そして、今日、寄り道しに行った絵本カフェでふぅ〜っと手にした本が 荒井良二さんの『ぼくがつ ぼくにち ぼくようび』

「おお!これは!偶然!」っと思って読んでみると、創作アイデアのヒントになりそうな絵や文字がいっぱいで、イマジネーションがふわぁ〜っと広がってワクワクの連続。さっそく帰りに本屋さんに寄って注文しちゃいました。

ずっと私の本棚に眠っていた冊子君に導かれ、偶然だったのか必然だったのかこんなワンダフルな出会いをすると、生きているのが楽しくなっちまいます。

11月1日'02
本日の一編
『ホーラ・イワンコッチャナイの日記』
荒井良二著


7月17日 快晴

海辺の街をあとにする。
バスで山の方へむかい、そこから歩く。
僕の歩く速さはノロノロになってきた。
ワクワクしながらノロノロするのだ。
元気いっぱいノロノロだ。

こわれたウデ時計は
しっかり僕の左ウデに。

新しい趣味をみつけたのである。

題して「無駄使いゲーム」(究極にくだらないゲームすぎる・・・)

無駄使いっていうのはお金ではなく、時間なのである。『いかに無駄な時間を過ごすことが出来るか!』を競うゲームなのである。(一人で競っているのである・・・)


*ゲームのきまり*
1.お金を使わない。
2.形に残してはいけない。(例えば、写真や絵など)
3.人に迷惑をかけない。
4.唯一得ても良いものは“満足感”。

10月25日'02
本日の一編
「マザーグースのうたより」


なんにももたない ばあさんがいて
くるくるぱあだと ひとにいわれた
たべるものとて なにもなく
きるものとて なにもなく
うしなうものとて なにもなく
こわいものとて なにもなく
ほしいものとて なにもなく
あげるものとて なにもなく
しんでも なにものこさなかった

10月21日'02
本日の一編
「夜の雨」
ヘルマン・ヘッセ著


眠りの中まで雨の音が聞こえ、
私はそれで目をさました。
雨が聞こえ、はだ身に感ぜられる。
そのざわめきが夜を満たす。
湿っぽく冷たい無数の声で、
ささやきで、笑いで、うめきで。
流れるように柔らかい音のもつれに
私はうっとりと耳をすます。

きびしく照りつけた日々の、
つれない、ひからびた響きとあとで、
なんとしんみりと、幸福におどおどと
雨の穏やかな嘆きは呼ぶことだろう!

どんなにつれなく装っても、
誇らしい胸の中から、同じように、
いつかすすり泣きのあどけない喜びや、
涙のいとおしい泉がわき出て、
流れ、訴え、不思議な力を解いて、
語らぬものを語らせ、
新しい幸福と悩みに
道を開き、魂をひろげる。

「雨がふります雨がふる 昼もふるふる夜もふる 雨がふります雨がふる」

北原白秋の詩どおりに、昨日も今日も、一日中冷たい雨が降っています。

あんまり雨の日が続くと、晴れた日の青空と太陽と乾いた空気が恋しくなります。あんまり晴れの日が続くと、雨の音や匂いや湿った空気が恋しくなります。人間って欲張りですね。

でも、こうして上手にバランスを取って生きているのでしょうか?本当の悲しみを知っている人ほど本当の喜びを感じることが出来るように。

だから、勇気を持って、新しい幸福と悩みに道を開き、魂をひろげて生きようではないか!!

今日、北朝鮮に拉致された5名の日本人の方達が故郷に帰りました。

家族との再会

故郷の風景との再会

友人との再会

きっと、ずっとずっと心の中心にあったのでしょう、ふるさと。

10月17日'02
本日の一編
Miki Koda


紺碧の夜空
月の眺める中
一筋の光が駆け巡り
遠く想いを結ぶ

秋の風が気持ちいい!

空も広くてすがすがしい!

こんな気持ちのよい日や、仕事に疲れた日に行きたくなる場所があります。

川の音も心地よい秘密の場所です。

10月15日'02
本日の一編
「大きいけど小さくて、小さいけど大きいもの」
Miki Koda


大きな空に 小さな月
大きな月に 小さな地球
大きな地球に 小さな花
大きな花に 小さな私
小さな私に 大きな夢
大きな夢に 小さな空

2002 10/15
初めてのオーストラリア。
目に映る風景全てが新鮮であったな。
絵に描いてみたけど、
広大で描ききれなかった。

英語は理解出来なかったけど、 大地や海、風や空が語りかけてくる言葉は響いてきたな。
そして、今でも語り続けて来る。

10月9日'02
本日の一編
「自然の音楽」
ロビンソン・ジェファーズ著


大洋の古き声 小さな川の鳥のさえずり
(冬はそのものたちに与えた
水を彩るのに銀ではなく黄金を
その岸を縁どるのに茶色でなく緑を)

さまざまな喉から一つの言葉が響く
だから私は信じる

もし私たちが
欲望と恐怖の区別なしに
病める民族の嵐に
飢え打ちひしがれた都市たちの咆哮に
耳を澄ますだけの強さがあったなら
その声を見つけることが出来るだろう
子どものような清らかな声を
あるいは 大洋の岸辺で恋人を想いつつ
独りで踊る少女の息のような
その声を

9月19日'02
本日の一編
ジョアン・ミロ著『詩的な遊び』


ばら色の雪に横たわったオウムの尾っぽの
たらがさしている傘の先端に赤いカーネーションがはじける。

黒い服をきた背の高いやせたご婦人がふたり、
カナリアの長い羽を帽子につけて、
コンサートからでてくる。

今日、世田谷美術館で開催されているミロ展に行ってきました。

一枚一枚の絵の持つ雰囲気が明確で、見る者に強く訴えかけてきます。 まさにイマジネーションの世界の広がり、そこに描かれているものは、非現実的な線や点や面。 それらを、現実の世界に存在する形ある物にあてはめることは出来ません。

でも、ミロはこう言ってます。

「題名を思いついたら、その題名がつくりだす雰囲気にひたります。私にとって、題名がまさしく現実です」

何かを創り出すプロセスは、どれも共通するのではないか?音楽であっても、絵画であっても、詩であっても。

そして、ミロは、「私の作品は、画家によって曲がつくられた詩のようであってほしい」と語っています。

イマジネーションの世界に、欲があってはならない。

そして、それは形に表すものではなく心によって思い描くものである。ただ無心に、その世界を空気に乗せるものなのだ。

形を追うのではなく、空気を作る。そんな作品づくりを、私もしていきたいと思います。


参考図書:『ミロ-大地と空-』
クレール・エレーヌ・ブランケ著 岩崎書店発行
一年前の今日
多くの人の命が悲しみの中に消えた日
21世紀の苦しみが始まった日にならないように
絶対にそうならないように
私たちは何をすべきなのか

9月11日'02
本日の一編
「苦しみの訪問者」
Miki Koda


苦しみはどうして次々と訪れるのか
生きていく道に苦しみのない時はないのか

何もかもがバラ色に見えたり
何もかもが灰色に見えたり

何もかもが鮮明に見えたり
何もかもが霞んで見えたり

そんなことを繰り返しながら
人は強くなるのか

私は強くなんかなりたくない
苦しみを重ねるごとに
透きとおる水のように
清くなりたい
**
'95/10/20
私が好きな色の組み合わせの一つ
青と緑と白

真っ青な空に白い雲が浮かび、
緑色の木々が自分を包み込む感覚

真っ青な空の下白い雪が積もり、
針葉樹の森がピーンと空に向かって立つ姿

こんな瞬間に出会えた時は、
私の頭の中は空っぽになって
青と緑と白でいっぱいになるのだ。

9月1日'02
本日の一編
Miki Koda
「 色読み唄」より


みどりの奥の
その奥に
響く
太古の
森の声

明日は満月。

満月は不思議な力を持つと言われる。例えば人間が殺人鬼に変貌するとか交通事故が増えるとか・・・。

どうして最近の人間には満月の良い話がないのだろう? 珊瑚やウミガメは産卵をする大切な日なのに。

月にウサギが居た頃に戻りたい。
日本には古くから満月を祭る風習があった。 満月の力をポジティブに受け入れていたのだろうか。

もしかしたら?人間はどんどんと頭が悪くなってるのかもしれない。

8月22日'02
本日の一編
「チチヌユ(月の夜)」
Miki Koda


晴れた月夜の晩
地球ははだか

遠く海を渡る風
月の色を浴びる

辺り一面 黄金色で
大海原の風に揺れた

月色の風に揺れて
みんな飛んだ
**
' 98/5/9 佐渡島にて

今日、問屋さんから鈴をたくさん買い込みました。

これで楽器を作るのだ!シャラシャリラン〜シャラシャリラン〜

そういえば、鈴って世界中にありますよね。でも日本人が世界で一番鈴好き民族なのではないかと思いませんか?

お財布やキーホルダーや鞄やお守りにつけたり、花笠や祭りの衣装にも鈴、羽子板にもお手玉にも鈴、巫女の鈴や神社では大きな鈴を鳴らしてお参りをしたり、猫にだって鈴をつけちゃいます。風鈴だって立派な鈴です。

それに、一つ一つがみんな違っていて、いい音を出します。日本人は昔から音のしかけを作るのが大好きな民族なのですね。

音楽の「楽」の文字の元を辿ってみると、“木の枝に鈴をつけたもの”を表しているんですって!

まどみちおさんの詩からは、どんな鈴の音が聴こえてくるかな?

8月13日'02
本日の一編
「イヌが歩く」
まどみちお作


イヌが歩く
四つの足で

どの足のつぎに
どの足が動くか
どんなに見ていても わからない

音のちがうすずを
どの足にも
一つずつ

ちりん
ころん
からん
ぽろん

むすんでやったら
わかるかな

8月4日'02
本日の一編
Miki Koda


たえまなく 雲うごき 
たえまなく 海うごく

たえまなく 風かたり 
たえまなく 波うたう

たえまなく 時ながれ
  たえまなく 思いめぐる

〜 '98.11.21 三宅島にて〜

三宅島の噴火から2年2ヶ月ほど時が流れ、 今日は三宅島太鼓教室の有志が八王子祭で神着木遣り太鼓を打ちました。

浴衣を着て神楽を聴きながら木遣りを歌うと、いつも三宅島の風景が目に浮かび目頭が熱くなります。

私たちがまた三宅島の空気を吸えるのはいつになるのでしょうか・・・。

「わっしょい!わっしょい!」掛け声が三宅島に届くように願って、太鼓の音が雄山に届くように祈って。

私が詩に興味を持ち始めたのは、今から9年ほど前になる。大好きな八ヶ岳山麓の山小屋でアルバイトしていた頃だ。

山には子どもの頃から母親に連れられてよく登っていた。だから、山は私の一番心休まる聖地。

子どもの頃、山に行くと、頭の奥底にいる不思議な感覚が動き出す感じがした。その感じがすごく好きだった。そして、その風景を食べてしまいたくなった。

今思うと、第六感を刺激する山の力を感じていたのではないかと思う。そして、自分がその力と一体化したい衝動が起こっていたのではないか・・・。子どもの感覚は鋭い。今でも、山に行くとその不思議な感覚を思い出すことが出来る。

私が働いていた山小屋は、標高2千メートルほどのところに建っていて、 八ヶ岳の勇姿が一望できる最高の場所だ。山は刻一刻と表情を変えていった。

こんなことを言うと笑われそうだが、「ここには“精霊”がいる!」と真剣に思ってしまうほどの空気感を持った場所だった。そんな風景に包まれながら、仕事の合間にスケッチをしたり曲を作ったりしながら自然と自己内面との対話をして過ごしていた。そしてある時、ふと森羅万象と自分との繋がりを言葉で表現してみたくなった。

それが、私が詩を書いてみようと思った動機。

8月1日'02
本日の一編
「希望に満ちた天使」
『クレーの天使 谷川俊太郎』より


のはらにもうみべにも
まちかどにもへやのなかにも
すきなものがあって

でもしぬほどすきなものは
どこにもなくて

よるをてんしとねむった

やまにだかれたかった
そらにとけたかった
すなにすいこまれたかった
ひとのかたちをすてて

はだかのいのちのながれにそって

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